サウンドバイト
先日、私達の勉強会で小田玲子氏に御講演をお願いした、テーマは著書の「サウンドバイト-思考と感性が止まるとき」についてということであった。(指導教授が亡くなられて以来、私達はバイオエシックスを少し広げて、あれこれ模索している)
サウンドバイトというのは、直訳すると「音による餌」ということで、短いコピーとかキャッチフレーズを音と映像にミックスさせて効果を生み出すメディアの手法とのことで、この言葉を定着させたいというお話だった。
要は、恣意的にそれを使われた場合、大衆が操作されてしまう、事実、そういうことはあるので、それで良いのかということであったと思う。
これは、単にそれで良いのかといだけではなくて、たいへん難しい問題であると思う。
メディア、報道に使命感をもって働いている人は現場にいるし、介入を排除する意気込みでやっていることも知っているけれども、そういう放送局が経営的に良い結果を出しているかということとは別問題である。
経営的な結果がおもわしくなければ、株主から訴訟もあり得るのが最近の風潮である。
更に、どれほど介入を排除するようにしていたとしても、営利企業である以上、スポンサーに対する配慮がゼロということはないと思う。
さてそのスポンサーはというと視聴率によって提供を決めている、だがその視聴率は量ばかりで質的なものに目を向けていないということは、結局衆愚におもねってしまうことになるのではないかと不安がある、衆愚におもねっていない放送局は政府におもねっているとしか思えない場合も事実上ある。
新たに、インターネットと融合して、放送事業に参加してくるところは、当初からまるっきり報道の使命などは考えもせず営利しか考えていないようにも見える、ますます先行きは危険に満ちているかもしれない。
さて、どうしたら良いのだろう、案が出せなければ単に評論で終わってしまうが、実際何の案もない現在である。


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